六角ノ井

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源為朝伝説の井戸

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鎌倉十井の一つです。別名「矢の根の井」といい下記の伝説から名付けられています。
弓の名人源為朝(源頼朝の叔父)が平安時代末期の1156年、保元の乱に敗れ伊豆大島に配流されましたが、その際に弓を引けないように腕の筋肉を切断されました。為朝は、それでも矢を射たくて、力試しに大島から光明寺の裏山天照山めがけて弓を引いたところ、この井戸に矢が落ちたといいます。

六角ノ井

六角ノ井

為朝は、琉球王朝の正史である『中山世鑑』では、琉球王朝の祖先とされており、後世の人々がその名にすがるほどの豪傑だったようです。
この井戸は実際には八角ですが、鎌倉側に6角、小坪(逗子市)側に2角があることから、こう呼ばれるようになりました。
鎌倉十井は、徳川光圀が家臣の河井恒久に書かせた鎌倉のガイドブック『新編鎌倉志』に登場する、鎌倉十橋、鎌倉五名水などの名数の一つです。光圀は、1674年に英勝寺に滞在しています。この時に取材した事柄を元に新編鎌倉志は編まれ、この書物により、名数に取り上げられた名所が有名となり、鎌倉は観光名所として確固たる地位を築きました。なお、この鎌倉十井は今も全て健在です。

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